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2011.08.12 Friday

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2008.11.06 Thursday

必衰の理か…

 オバマ大統領の事件で隠れていますが、
私としては、田母神空幕長のニュースもまた、
希望を見せるニュースだったと思います。


いえ、あんな人間が自衛隊で幅を利かせていた
という事実は、悲しいものですが、これは
逆を言えば、軍隊というものの正体を世間に
いくらかアピール出来たものではないでしょうか。



これはアメリカとて同じで、今、アフガンへの
支援で、民間人が誤爆にあっているようです。


戦闘機に誤爆はつきもので、だからこそ、無差別
兵器(つまり爆弾や銃)を使わないよう国際社会で
主張しなければいけませんね。


今度の12月にクラスター爆弾という殺人兵器を
禁ずる協定(オスロ協定)が開かれます。日本も
調印するのですが、これを決めたのは福田首相。
知識人ですから、やることはやってたんですね。


もういい加減、軍を放置せず、市民が規制する
時代になるべきじゃないでしょうか?


アメリカでも、白人主義団体が実に10万も
いるとのことですが、それはアメリカ全人口では
数にならないほどで、どれだけ声高に叫んでも時代の
陰に消えさる運命だというのが、この2年の大統領選挙
で、証明されたと思います。

それと同じで、日本の過去の行いを消し去ろうとする
人間は、ずぼらな運営で民間漁船を転覆させたり、
「はなむけ」と称してリンチで人一人殺す組織では
通用するかもしれませんが、そんな組織を社会が
許すはずがない。仮に組織が許しても、社会は
認めないというのが今回の更迭でわかったのでは
なかろうか・・・


更迭は「首にすることではなく」、
結局、定年退職を迎えて6千万ほどの退職金を
得るわけですが、結局、こういう人間は日本の
アジア外交にも迷惑をかけますし、ごくごく閉鎖的で
封建的な集団でしかぬくぬく生きられないでしょう。


現実はそこまで甘いもんじゃないというのを
垣間見せてくれた事件でした。そして、何だ
かんだ言って、この事件に対するマスコミの
反応はまともでしたし、民衆に公表したのは
正解だったと思います。



こういっては何ですが、マスコミ、何かと
批判されますが、むしろ批判されるぐらいが
まともでしょう。大衆を甘やかさないのが
情報を持つものの心構えですからね。

南光 | エセー(随想録) | 19:20 | comments(1) | -

2008.11.06 Thursday

第44代アメリカ大統領、バラク・オバマ誕生

バブルや冷戦崩壊や9.11を体験している南光ですが、
アメリカ史に残るだろう歴史的事件は、今回初めて体感した気がします。


こういう人が勝利できる点からして、
アメリカはまさしく
夢が終わらない国
ですね。

一応、素人なりに研究している身分から言わせると、
アメリカの根底にあるのは、真なる楽観主義だと思います。



アメリカは世界を映す万華鏡で、
ここにはあらゆる犯罪、差別、正義、そして自由があります。
戦争を起こす現況であり、また平和を築く礎でもあります。



オバマ氏が勝利演説をしたシカゴの広場。
そこは今から40年前に、ベトナム反戦デモを行った
民衆を警官隊がとらえた、いわくつきの場所です。実を言うと。


警官に捕らえられた容疑者が7人(正確には8人)
だったことにちなんで、この事件は
シカゴ7

と呼ばれています。


60年代は黒人の自由が叫ばれた一方で、
差別と暴力に満ちた時代でもありました。

その後、価値観の崩壊(ドラッグ乱用やフリー・セックスなど。
離婚、中絶など)に不安を感じた人たちが保守
(アメリカの場合は、キリスト教的倫理観と、自由、
民主主義を守ろうとする立場にある)へと走ります。



60年代当時の逸話といえば、フリーダムライダーです。
黒人専用のバスに乗って南部をめぐった白人運動家
(若者も多く参加している)なのですが、ただ席に
座っていただけで、撃ち殺される現実がそこにありました。


そこから40年、確実に少しずつ事態は変わってきている
と実感せざるを得ないのが今回の大統領選ですね。


重ねて言いますが、アメリカというのは
暴力と差別が激しい国です。しかし、その一方で、


現実に負けまいとする人間が
確実に存在する国でもあります。




現状はとても良いものとは思えない、
だからといって、このまま終わるとは信じられない、
終わるわけにはいかせない。厳しい現実だからこそ
夢や理想を捨てない精神があるからこそ、何度も
危機を乗り越えてきたのでしょう。



外交、格差、経済不況と、問題が山積みなのに、
どこか希望を見せてくれる。逆をいえば、困難な
時代だからこそ、希望を求める。そこが日本との
決定的に異なる国民性に感じてなりません。


とはいえ、国民性は、あくまで国民性。
日本でも、現実の文句だけ言って、ウダウダ言う
人よりも、未来を信じて前進する人間のほうが
欲されているはずです。そういう明るい人間になりたいですね。



今回の大統領選で見せてくれた人間のパワーを見て、
どこか勇気づけられた南光でありました。

南光 | エセー(随想録) | 18:51 | comments(0) | -

2008.09.04 Thursday

ネットの信憑性の少なさ

インターネットはサブカルチャー(漫画・アニメ・スポーツ)
には強いけれど、アカデミー(学問)には恐ろしく弱い。

研究者の場合、学会によって厳しく審査されるのですが、
学会ではなく出版やサイトを通じて素人に吹聴する
わるーい人だって結構いるのです。

歴史が一番如実に現れているのですが、
どうも文系だけでなく理系もそうらしい。

最近、角界(すもう界)で、
大麻所持のロシア人力士がよく捕まっていますが、
なぜか「大麻は無害!所持して何が悪い!」と
主張するサイトがネットに氾濫しているんですよね。

大麻に関しては、日本精神神経学会や日本薬学会の
出版物あるいは同学会に所属する研究者に聞けばわかる
ことですが、立派にヤバい薬です。

現在、日本で一番流布されている麻薬は
覚せい剤で、当然ながら覚せい剤と
大麻の症状は異なります。そのイメージの
ギャップを突いて、麻薬を売りたい吸いたい人が宣伝をして、
その宣伝を信じてしまう中2病患者が
鼠算式に増えているというのが現状だと思います。


私の先輩にも、「マリファナ吸いたい」と
平然と語る人間がいるのですが、まぁ人間的に
微妙な人ですから、やっぱこういうのを主張する
人って、そういう人たちなのかなぁと(汗)


歴史的に言いますと、今から40年前に、LSDという
ドラッグで精神が解放されると一部の科学者が
論じたのをきっかけに、アメリカの若者の間に、
麻薬を常習し、ボロボロの服を着てえちぃことを
するグループ(ヒッピーと言う)が出現しました。
手を出したのがきっかけで、脳みそがグチャグチャに
なってのたれ死んだ人間がたくさんいたんですよ。


そういう前例からしても、
こういう無責任なことは書いて欲しくない。

いや、本当、ネット怖いな。
ネット検索って、クリック回数が多い順に
リストアップされますから、結局、多数決の原理で
ネットで多くクリックされたサイトに書かれている
内容が正しいことになってしまうのですよね。


こういう誤情報を正すために出版はあると
思うのですが、そういう本は、例え安値であっても、
本屋は仕入れない(そりゃー研究者や大学生向け
だからなぁ…)から、やっぱ、大手の出版社が
新書形式で告発するしかないと思うんですけどねぇ。

誰かやらないのだろうか?

今回の記事、ヤク中から攻撃されそうなんですが、
一応、コメント欄は可にして、
まずくなったらコメント欄を消すことにします。

南光 | エセー(随想録) | 21:11 | comments(11) | -

2008.08.22 Friday

教養とは遊ぶことである

教養とは遊ぶことである。

なんて、カッコつけてしまいましたが(苦笑)、
実際、そうだと思います。教養は娯楽です。

歴史的にいえば、古代ギリシャのアテナイ市民は、
食料等の生産労働を奴隷にまかせ、自分たちは
哲学と政治に身を投じていました。

ところで、ここで言われる哲学というのは、
「世界はどのように構成されているのか」という
ことで、それはアテナイ市民にとってのレジャー
(娯楽)だったのですね。

つまり、今では高級じみている哲学や数学や
科学というものは、もともとは遊びでした。

日本でも、茶の湯や和歌といった芸術は
特権階級である貴族や武士が嗜むものでしたよね。


こういった趣味というものは、権力者のみが
それを味わう資格があったので、長い時間を通じて
次第に高級なものだと認識されていきました。


今、和歌や茶の湯を例に挙げましたが、
実はキリスト教でも、重要視されたのは
神を称える音楽であったわけで、そこから
クラシック(高級、上層といった意味)が
今でも高級そうな意味合いをかもしだしている
のでしょうね……(バッハやハイドンは
教会の曲ばっかり作っているではありませんか!)


このように、文化というものは、
権力者が創造した娯楽により構成される
もので、それが世俗化したり、または
民衆により創造されると『サブカルチャー』
と言われるようになるのですよ。


Sub(下)Culture(文化)、
つまり文化の下に位置づくものってことです。

※どうでもいいけれど、Cultureは耕すという
意味合いがあるらしく、これが内的なものでなく
外的なものを耕すとagriculture(農業)になる。
ちゃんとcultureって文字が入っているでしょ?


本題に入ります。
遊ぶっていうことは
何なんだろうな

って思う時があるのです。


ポール・サイモンの作品に
『明日に架ける橋』という曲があります。

この歌は、南アフリカで解放のテーマソング
として歌われていて、これに関する特集番組
を見たところ、現地の人間は、お客が訪れると
歌で祝う風習があるらしく、皆恥ずかしがる
ことなく、高らかとアフリカの空に歌声を
響かせていました。

こういうのを見ると、彼らにとっての
歌というものは娯楽であると同時に祈りであり、
どこか敬意をもって接すべきものであるらしい。

それは、カラオケボックスで我々が歌うときの
面持ちとはまったく趣きが違うのでしょう。

こういう面からしても、「歌う」という
たった一つの行為からしても、どこかズレが
あって、同じ娯楽であっても、一方はどこか
心に安らぎを満たしてくれて、他方は
単に余暇を潰しているだけに感じるのです。

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南光 | エセー(随想録) | 22:33 | comments(8) | -

2008.08.09 Saturday

諸問題に関わる本質的な背景

国際的な問題としては、環境破壊や食糧問題などがあり、
国内の問題としては、食品詐称や児童虐待、経済格差等
がある現代であります。


これらに共通する本質的な問題って、
‖梢佑紡个垢詭鬼愎
⊆己責任論

ではなかろうか?


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南光 | エセー(随想録) | 17:08 | - | -

2008.07.25 Friday

一握の砂

毎年、この時期は推薦図書を書いているような…

読書感想文というかったるい宿題を如何に早く
終わらせるかというのが、小〜高までの最大関心事です。


まず、書きやすい本を読まないといけない。
とすると短くて読み易い本になるだろう。

去年は「老人と海」などを紹介したのだが、
今年は「一握の砂」を紹介しようと思う。

石川啄木の歌集ですね。
国語の教科書に載っているのではなかろうか?

まぁ、ゆとり検定と言われても
啄木は載せていると思うのだけれど、
実のところ、一握の砂でもっとも肝心な部分は
最初の10首であります。組曲ではありませんが、
これらで一つの意味をなしており、また啄木の
人生観が鮮明に表現されておりまして、この肝心な
部分が教科書では抜け落ちているよう思えるのです。


三島由紀夫みたいに何だかんだ言って、
それなりに幸せな人生を歩めた(と私は思う)
人とは違って、この人は才能があるにも関わらず、
貧困に苦しみながら病死したんですよね。


特にこの人は神童と呼ばれるほど賢い人だったから
余計に、自分の境遇がゆるせなかったんでしょう。
さぞかし無念だったことだろう。


啄木を見ると、企業とは何のためにあるのだろうか
と悩んでしまう。才能ある個人に暮らしを供給する
ための企業というのは、そうそうなく、逆に個人の
才能をつぶし利益を求めるような気がしてならない。

もし、啄木にパトロンとなる企業が一社でもいたら
齢26歳で亡くなりはしなかったでしょう。


本来の企業と言うのは、個人と社会との橋渡しを
する場所だろうし、そう改めなければならないと
思うのだけれど、当時から個人の芸術的才能より
集団の利益を追求する社会観があったのだなと思います。

むしろ現代の日本では、橋渡しというよりは、
橋の間に立って通行税とタップリ取ろうとする
輩がけっこういるから困る(特にテレビ局は)。

南光 | エセー(随想録) | 13:20 | comments(2) | -

2008.07.05 Saturday

音読ということ

ある外国語の達人に聞いたところ、
音読をさせるとその人の語学力がわかるんだそうです。

ちゃんと意味がわかっている人は、自然に
意味のカタマリごとに音の波を作って読む。

一方、意味がわかっていない人は、意図的に
意味のカタマリを無視して平坦な調子で
つっかえつっかえ読むのだそうです。


江戸時代の語学教育の優秀さは歴史が
物語っていますが、その中の一つに
漢文の素読というものがあります。

漢文を何度も何度も音読させることで
おのずと意味がわかるようになるのだとか。

音読の力とは偉大ですね。
私の先生も、語学はやってみると、
発音の部分から覚えないと手が出ないと
ぼやいていましたよ。

そう思うと、今の中学英語って結構良い
方向なんじゃないかと思ったりする。

確かに「ゆとり」といわれていますし、
以前のような精読主義ではないでしょう。

とはいえ、実のところ、文法や単語で理詰め
された授業を受けた私立の子より、会話を
中心に勉強してきた公立の子のほうが、基礎が
出来ていたりするのはなぜだろうか?

最終的に語学とは口を使わなきゃ
どうにもならないのかもしれませんね。

南光 | エセー(随想録) | 20:29 | comments(2) | -

2008.06.15 Sunday

ア○バ連続殺人事件

東北での地震で、たぶん埋もれるであろう某事件。
今更ながら、コメントをしてみようと思う。


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南光 | エセー(随想録) | 15:12 | comments(12) | -

2008.05.19 Monday

ネットにおけるニュース解説の現状

あなたは消費期限と賞味期限の違いがわかりますか?


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南光 | エセー(随想録) | 18:19 | - | -

2008.05.06 Tuesday

コミュニケーション力

私は社会人ではないので、生意気な発言かもしれませんが、
コミュニケーション力を重んじると公言しているわりには、
どの会社にも嫌ーな奴が結構な割合でいるようで、特に
大学4年のブログを読んでいると、「なんでこんなのが
人事部やってるの?」とツッコミ入れたくなる半分
ヤク○君(やくまるくん)なおじさんがいるのですよね。

じゃあ、コミュニケーション力を重んじるって
ウソっぱちなのかといえば、そうでもないらしい。

私が前に働いていたバイト先では、
礼儀やチームワークを重んじる人間を理想化
していましたし、上司もきちんとした人でした。

そういう経験から、やはり会社といえど、
求めるのは人間性なんだろうなと実感したものです。
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南光 | エセー(随想録) | 13:13 | comments(4) | -

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